髪を切ったら、恋らしき感情が出土した。
常態として、月曜日はだいたい昼過ぎまで寝ている。
が、きょうはなぜか午前9時ごろに起床した。
家事がたまりまくっていたので片付けつつ朝食を摂り、
その後は5月のイベントの原稿に移行する予定だった。
しかし、実は近頃、前髪が目にかかってしまう長さになっており
邪魔なので切りたいと思っていた。
また、メガネの度が合っていないような感じがあり、
メガネを新調したいなあとも思っていた。
そこで、早起きのおかげで時間があったので、
駅までの途中にある、前髪カットがメニューとして存在するチェーン店で前髪を切り、シャレオツな街に移動してメガネを買おうと思ったのだ。
普段の私だったら本当にそれだけだったと思う。
ただ、なぜか今日は「美容院に行きたい」と思ってしまったのだ。
胸元まである手入れなど行き届いていないボサボサのロングヘアー。
別に伸ばしていたわけではなく、仕事疲れと自らの怠惰によって
伸び放題になっていただけの髪。
仕事の環境がもうすぐガラッと変わること。
いつまでも「いかにも」な喪女のままの自分に嫌気が差していたこと。
早起きをして部屋を片付けたら、自分を変えたいと思ってしまったこと。
そういうことが重なっての欲求だったかもしれないし
単なる思い付きだったのかもしれないが、
結論として私は美容院の予約を入れていた。
✂
メガネを買いに行こうと思っていたシャレオツ・シティは
美容院が数多く存在する。
現代はインターネットで当日予約が出来るので、早速予約を取った。
予約を取ったお店は
「お店で相談してからコースを決める」
という、私のようなオシャレ・ワカラン・パーソンにとても親切なメニューがあった。
有り難い限り~!と思って
わりと即決でこのお店にしたのだがこのお店が本当によかった!
✂
予約をした時間にお店に行くと、とても可愛らしい雰囲気だった。
私はドが付く陰キャなので恐る恐る入店。
「こんなダサい人間が入ってすみません……」とマジで思った。
可愛らしい女性のスタッフの方に案内されて席へ。
おどおどしていたら、担当のスタイリストさん(男性の方)が。
ド陰キャオタク 兼 オシャレ・ワカラン・パーソン こと私は、
この、担当者にカットの注文をするのがめちゃくちゃ苦手。
用語(○○カット・△△カラーみたいなの)を知らんし、
リアルの芸能人に憧れとかも特に無いし、
ファッション雑誌なんてほとんど見ないし、
さりとて「こうしたい」という明確なイメージがあるわけでもない。
とんでもねえ迷惑客だ。
それでも、担当の方は話をしてくれて、
「こんなのはどう?」と懇切丁寧に話してくれた。
話しているうちに一つ思い付いたことがあり、
「自分は男性がつけるような香水をつけるのが好きで
そうした香りを纏っていても違和感が無い髪型がいい」
という要望を伝えてみた。
すると、少し考える間があってから、担当者はウルフカットを提案してくれた。
「髪の注文をするのだから髪のことを話さなければ」
という思い込みがあったのだが、
この香水話が存外にヒントとなったらしかった。
担当者さん曰く
「ウルフカットを美容師側から提案するのはちょっと勇気が要る」
ということだった。
とってもオシャレな髪型なのだが、
流行っているわけでもないのに提案するには
いささかファンキーなものなのだそうだ。
✂
担当者さんはかなり腕が立つ方で、
仕上がりは理想そのものと言っても過言ではない出来になった。
「喪女」という言葉がぴったりすぎる人間である私にとって、
鏡の中の自分は常に醜い物だった。
どんなに化粧やオシャレをしても、似合わないし可愛くない。
どうしようもないものなんだと思っていて、
鏡を見る事も日常生活で最低限だった。
そんな私が、生まれて初めて、鏡の中の自分を「可愛い」と思えた。
これは本当に大きな革命だった。
「自分は可愛くないから」という、
呪いのような思い込みをしながらオシャレに手を出さず
現実を蔑ろにして二次元に没頭する事で生きてきた。
そんな半生だったから、
鏡の中の自分に対して自らの感情で「可愛い」と思えたことは、
天地がひっくり返るほどの出来事なのだ。
自分が可愛くなれた事にいたく感動してしまい、
その場で涙が出そうになったほどだった。
そして。
「自分は可愛くない」という呪いの根本にあった、
自身の恋愛感情(※創作でキャラ同士の恋愛感情は書く)に
この出来事は影響を与えた。
✂
「好きとかそういうのではないけどもっと仲良くなれたら嬉しいなあ」
と思う人が居る。
この感情に名前は無いが、「友達になりたい」とはまた違うんだよなあ?
と首をかしげることがあるものだった。
が、しかし。
髪を切って、「私って可愛くなれるんだ」と思った時
ふと、その人にも可愛いと思ってもらいたいな、と思っていたのだ。
恋の定義は様々あるが、その中に
「虹を見つけた時に共有したいと思う人」
というのを見たことがある。
虹というちょっとした非日常と今回の件は少々毛色が違うが、
しかしどうして、他でもないあの人の「可愛い」を聞きたいのである。
……これはやはり恋というやつなのだろうか。
正直、これまでの人生で自覚的に恋愛感情に向き合ったことが無い。
この気持ちの名前は分からない。
まずは自分も可愛くなれるのだと思わせてくれた
きょうの担当者さんに特大の感謝をして、寝ようと思う。
2022.4.18 A玉